TOPICS「飲むワクチン」を研究から社会へ 千葉大学「ムコライス」の臨床開発を支える、柏の葉の研究基盤
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千葉大学医学部附属病院の臨床薬理センター。FIH試験を含む早期臨床開発の新たな拠点として整備された。
注射ではなく、米を摂取することで免疫を誘導する――。千葉大学で約20年にわたり研究されてきた経口ワクチン「ムコライス」が、臨床開発という新たな段階へ進んでいます。研究を支えるのは、植物学、免疫学、工学、臨床医学などの異分野連携と、柏の葉で築かれてきた安定生産の基盤。そして、大学発の研究シーズを人で検証する早期臨床開発へ橋渡しする「臨床薬理センター」です。研究から社会実装へ。ムコライスの現在地と、柏の葉から広がる可能性について、河野浩一先生(千葉大学病院 臨床試験部臨床薬理センター長)と渡部祐司先生(千葉大学 未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点広報サイエンスコミュニケーター)にお話を伺いました。
基礎研究と臨床開発の「橋渡し」を担う、新たな拠点
――臨床薬理センターは、どのような目的で設立されたのでしょうか。
河野先生:千葉大学ではこれまで、基礎研究、臨床研究、後期の治験を行う機能はありましたが、FIH(First in Human)試験を含む第1相試験など、基礎研究から臨床開発へ橋渡しする「早期臨床開発」の機能が十分ではありませんでした。臨床薬理センターがこの部分を担うことで、基礎研究から早期臨床開発、さらに後期の治験までを一気通貫で支援できる体制をつくることが目的です。大学の研究成果を、より円滑に社会へ還元するための基盤が整ったと考えています。
――大学発の研究シーズにとって、センターができた意義はどこにありますか。
河野先生:これまで弱かった「橋渡し」の部分を大学の中で補完できることが大きな意義です。特にFIH試験や、小規模なPoC(Proof of Concept)試験を実施し、基礎研究で得られた成果を次の開発段階へつなげていく役割を担います。
臨床薬理センターの入口。大学発シーズを臨床へつなぐ機能を担う。
約20年の研究を経て、ムコライスが臨床試験へ
――「ムコライス CTB19A」の第1相臨床試験は、長年の研究にとってどのような意味を持つのでしょうか。
河野先生:ムコライスは約20年にわたり研究開発を進めてきました。今回の試験で特に確認したいのは、ムコライスを摂取することで腸管に抗体が産生され、粘膜免疫が誘導されるかどうかです。さらに、将来さまざまな粘膜ワクチンが開発された際にも活用できるよう、粘膜免疫の誘導を評価する標準的な指標や評価方法の確立も目指しています。臨床薬理センターにとっても、今回の試験は小規模なPoC試験のモデルにもなります。用量を段階的に増やしながら、安全性と免疫応答を評価していく計画です。
LEDでも育つ稲を選び、安定生産へ――柏の葉で進んだ「ものづくり」
――柏の葉での植物工場などの研究は、今回の臨床試験にどのようにつながったのでしょうか。
渡部様:ムコライス研究には、製造面で大きな課題がありました。当初使用していたハロゲンランプでは製造コストが高く、LEDによる低コストかつ安定的な生産への転換を目指しましたが、LED環境では稲が十分に育たず、研究が一時中断した時期もありました。研究を続ける中で、LED環境でも生育し、ワクチン抗原を適切に発現する系統を探索しました。柏の葉で生産基盤を整備できたことで、安定供給や生産拡大への道筋がつき、今回の臨床開発につながっています。
なぜ「米」なのか。保存性と、抗原を腸まで届ける仕組み
――ワクチンの媒体として、なぜ米を使うのでしょうか。
渡部様:大きく三つの利点があります。一つ目は、長期間保存できる可能性があること。低温での厳格な管理への依存を減らせれば、電源やコールドチェーンが十分でない地域、災害時などでの活用も期待できます。二つ目は、米に「プロテインボディ」と呼ばれるタンパク質の貯蔵構造があり、ワクチン抗原を胃酸などから守って腸まで届けられること。三つ目は、米には遺伝子やタンパク質発現に関する研究の蓄積があり、目的とする抗原を産生させやすいことです。
※保存性については、実験レベルでは1.5年間保存したものでも動物で免疫誘導効果が確認されています。一方、治験薬として製剤化した状態での長期安定性は、今後データを蓄積する必要があります。
免疫学だけではない。異分野が交わることで研究を前へ
――未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点は、どのような役割を果たしてきましたか。
渡部様:粘膜免疫・粘膜ワクチンという研究領域を牽引するとともに、異分野の研究者が連携できる研究基盤を形成してきました。免疫学だけでなく、植物学、工学、生体材料学、臨床医学など、さまざまな専門分野の研究者が参画しています。こうした異分野融合の基盤やネットワークが、ムコライスを基礎研究から臨床開発へ進める上でも重要な役割を果たしています。
「大学だからこそ」挑める研究を、社会実装につなげる
――大学発の研究シーズを社会実装する上で、大学ならではの強みは何でしょうか。
渡部様:大学の強みの一つは、短期的な採算性だけでは研究開発が難しいテーマにも取り組めることです。例えばコレラのように、日本国内では患者数が限られていても、世界的には公衆衛生上重要な感染症があります。企業単独では事業化の判断が難しい領域にも挑戦できることは、大学の重要な役割です。
河野先生:また、医学、免疫学、植物学、工学など、学際的な研究者のアイデアや知見を組み合わせやすいことも強みです。一方で、実用化・社会実装まで進めるには大学だけでは不足するノウハウやリソースもあります。企業や外部研究機関との連携が重要になります。
ムコライスを「プラットフォーム」へ。柏の葉から広がる次の可能性
――今回の第1相試験開始を、柏の葉との連携という観点からどのように捉えていますか。
渡部様:目標はコレラワクチンという一つの製品だけではありません。「ムコライス」という技術そのものをプラットフォームとして発展させることも大きな目標です。将来的には異なる感染症への応用、抗体医薬への展開、さらに粘膜免疫研究から得られた知見を、がんの治療ワクチンなどへ応用することも研究の視野に入っています。
柏の葉には大学や研究機関など多様なプレイヤーが集積しています。現在持っていない知見やノウハウを持つ研究者・機関との新しい連携が生まれることで、新たな研究やプラットフォームへ発展していく可能性があると期待しています。
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