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TOPICS【株式会社つくばウエルネスリサーチ 久野 譜也様】「自治体のデータヘルスの課題をサポートし、日本のどこに住んでも健康でいられる社会にしたい」

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  • KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)

株式会社つくばウエルネスリサーチ

株式会社つくばウエルネスリサーチ代表取締役(筑波大学 人間総合科学学術院 教授)の久野 譜也さん。「日本のどこにいても健康でいられる社会を作りたい」という目標に向けて、事業に取り組んでいます

株式会社つくばウエルネスリサーチは、筋力トレーニングが高齢者の健康増進に役立つという、筑波大学久野研究室の研究成果を社会に還元するために設立された会社です。多くの住民に対して運動・栄養プログラムの個別指導と継続支援ができる管理システム「e-wellnessシステム」や、「スマートウエルネスシティ首長研究会」を通して積み重ねてきた実績をもとに国への政策提言も行い、政府の骨太の政策などに反映されています。また、地方自治体のデータヘルスの課題解決をサポートするシステム「健幸政策SWC-AI®︎」を昨年に開発し、日本のどこに住んでも健康でいられる社会にしたいという目標に向かって事業を進めています。

 

筋力トレーニングが高齢者の健康増進に効果があることを実証

 2020年9月現在、65歳以上の高齢者が日本の全人口に占める割合は、28.7%です。その数は3617万人。日本は世界一高齢化が進んでいる国であり、高齢化に伴うさまざまな社会課題の先進国ともいわれています。

 厚生労働省の2018年3月の発表によると、介護を受けることなく日常生活を送れる「健康寿命」は、2016年時点で男性は72.14歳、女性は74.79歳でした。平均寿命との差は男性8.84年、女性は12.35年です。平均寿命と健康寿命の差の期間は何らかの介護や支援が必要な状態です。この差を縮めることにより、私たち自身の生活の質を保つと同時に、社会保障費を抑制することができます。厚生労働省は、2040年を展望した社会保障改革の課題として、健康寿命の延伸と、医療・福祉サービスの生産性向上を掲げています。

 話は1996年にさかのぼります。都心から近い手頃な価格の別荘地として人気を博し、定年後に首都圏から移住する人が増えた茨城県大洋村(現鉾田市)は、村の財政を圧迫する医療費の急激な増加に苦しんでいました。そこで、当時の石津政雄村長は、筑波大学久野研究室の協力を得て高齢者向け健康増進プロジェクトを開始しました。このプロジェクトは、筋力トレーニングなどを取り入れることで高齢者の生活機能向上や医療費削減に効果があることを実証し、全国の自治体から注目を集めました。

 つくばウエルネスリサーチ(以下TWRと表記)は、筑波大学教授の久野譜也さんが、この研究成果を社会に還元し、「日本全国を元気にする」ために2002年に設立した会社です。

 

ICTを活用し、個別指導ができるシステムを構築

 久野さんがTWRでまず取り組んだのは、ICT(情報通信技術)の活用により、多くの住民に対して運動・栄養プログラムの個別指導と継続支援ができる管理システム、「e-wellnessシステム」の構築でした。

 このシステムでは、歩数計を使って毎日の活動量や筋トレの実施記録を管理し、週1回〜月1回の頻度で日々の運動実施状況や、体組成データを取り込みます。管理者は参加者全体の運動の状況を確認し、参加者はWEBサイトのマイページから日々の運動の成果や自分の健康状態を確認することができます。

 e-wellnessシステムは、蓄積した10万人のデータに基づいて、一人一人の身体活動やライフスタイルに応じた個別の運動・栄養プログラムを自動で作成します。それぞれの参加者の状態に合わせた個別プログラムであるため、メタボリックシンドロームから介護予防まで、幅広い年齢層に対して指導や支援を行え、さらに安全性が確立されたものになっています。そして、ICTを活用しているため、全国どこでもプログラムを提供できること、少ない指導者でも多数の住民を支援できることも特長です。

e-wellnessシステムは、歩数計を通して集めたデータを取り込み、参加者に適した個別の運動・栄養プログラムを提供する仕組みです

 e-wellnessシステムを運用してみると、一人一人に適した個別プログラムを数年間継続することで、一人当たりの医療費を下げられることが分かってきました。しかし、同時に課題も見えてきたと、久野さんは説明してくれます。

「きちんとした個別プログラムをやると、一人当たりの医療費は年間10万円程度下がることがデータから証明されました。しかし、このシステムを導入した自治体の医療財政全体にインパクトを与えるまでには至りませんでした。なぜかというと、この自治体の医療費全体を下げるためには2000人くらい参加していただかないと効果がなかったのですが、1300人くらいで頭打ちになってしまったからです。それが私たちの次の課題になりました」

 久野さんたちは、参加者が増えない原因を明らかにするために、自治体で約5000人のランダム調査を行いました。その結果、「健康無関心層」が約7割に上ることが分かりました。また、これらの人々は、「健康情報を取ろうとしない状態にある」ことも明らかになり、「分かっていないから健康づくりをしない」ということが見えてきました。この研究結果は政府の「骨太の方針」にも反映され、健康情報のインフルエンサーを養成する、「健幸アンバサダー」などの事業に結び付いています。

e-wellnessプログラムを継続実施することで、4年後には一人当たりの医療費を年間10万円引き下げる効果があることが実証されました

 

首長対象の研究会を組織

 久野さんは事業を進める中でさらに、自治体で行われている健康関連事業は、評価がきちんとされてこなかったことに気付きます。

「健康や福祉というのは選挙や議会でも必ず議論されるので、どの自治体でもいろいろな施策をやってきました。ただ、やるのはいいのですが、本当にびっくりするくらい事業の評価がされていませんでした」

 健康増進プログラムをいろいろな自治体に導入してもらう、あるいは国の施策として取り入れてもらうためには、きちんとした評価を経た、エビデンスに基づいた成功例を占めすことが必要です。そのためにはまず自治体首長のリテラシーを高めてもらうことが重要だと、久野さんは考えました。

 そこで、久野さんは、「スマートウエルネスシティ首長研究会(以下首長研究会と表記)」を立ち上げました。最初9人の首長でスタートしたこの研究会は、118人の首長が(2022.11時点)が参加するまでに成長し、いろいろな社会実験を行うプラットフォームにもなっています。例えば、あるプロジェクトでは、全国の自治体が飛び地型自治体連携を組み、1つの自治体では規模が小さくてできないことを、スケールメリットを活かして産官学で取り組んでいます。

 さらに、この首長研究会は、自治体職員の人材育成にもつながるという副産物をもたらしたと、久野さんは説明してくれます。

「複数の自治体が定期的に集まって、他の自治体の良い施策があれば学び、切磋琢磨し、情報を交換し、困ったことがあればすぐに連絡し合うような関係性を築いていく中で、明らかに職員の方々が変わりだしました」

 久野さんは、自治体職員の人材育成が重要であることを、首長研究会の発起人一人であり、現在も会長を務める新潟県見附市の久住時男市長からも学んだと言います。

「あるとき、見附市の久住市長から、『いつまでも私が市長をやっているか分からないし、職員が付いてこないと本当の成果は出せない。サステナブルにもならない。これからもっと職員をその気にさせなければいけないし、レベルを上げなければいけない』と、教えていただきました」

 その言葉を受けて久野さんは、「久野塾」を立ち上げ、半年間ワンクールで4年間見附市に通い、職員の研修を行いました。久野塾はただ教えるだけではなく、研修の後のナイトサイエンスで職員の本音を聞き、彼らが何に困っていて、どこでつまずきやすいかを理解する場となりました。この経験を通じて、コンサルティングを行う上での貴重なノウハウを得られたと、久野さんは振り返ります。

久野さんは、自治体職員の育成も重要だと考えています

 

AIを使って自治体のデータヘルスの課題解決をサポート

 TWRが今まで蓄積したデータや知見を元に開発し、今年3月から運用を開始したシステムが、「健幸政策SWC-AI®︎(以下SWC-AIと表記)」です。久野さんは次のように説明してくれます。

「SWC-AIは、レセプトデータや健診データから地域の健康課題の『見える化』ができるシステムです。課題を『見える化』しただけで、その原因が分からないと課題を解決できませんが、SWC-AIを使えば、原因を特定できます。もう一つの大きな特長は、課題を解決するためにどういう施策を打てば良いか、その候補を出してくれることです」

 地域の健康課題の解決は、本来は自治体の職員が取り組むべきだと久野さんは考えていました。そのために、人材育成にも力を入れてきました。しかし、行政改革の旗の下、ここ10年ほどで地方自治体の職員数の削減が進みました。一人当たりの仕事量は増え、研修を受けるにも時間が取りにくいという実態があります。そこで、自治体職員の意思決定のサポートをするために、開発したのがSWC-AIでした。

 現在は7自治体がAWC-AIを使っていますが、参加自治体が増えれば増えるほどデータが蓄積し、AIの学習が進んで機能の精度が上がります。久野さんは、まずなるべくたくさんの自治体に使ってもらい、AIの学習が進むことを期待しています。

健幸政策SWC-AI®︎は、現状分析、原因把握、将来予測、適切な施策提案、施策評価までをAIが行い、自治体が抱えるデータヘルスの課題解決をサポートするシステムです

 

健康格差拡大を憂慮

 TWRは健康増進のプログラム作りからスタートし、今ではまちづくりのコンサルティングまで仕事の幅が大きく広がっています。これまで100以上の地方自治体とさまざまなプロジェクトをやってきた経験から、久野さんは大都市集中による地方の疲弊が進み、地域による健康格差が広がっていることを実感し、憂慮しています。

 健康に一番効く要因は2つあり、学歴と収入だと久野さんは説明してくれます。学歴が高い人は健康に関する知識があり、健康に配慮します。そして、健康を維持するために、少し高くても安全・安心な食品を食べたり、ジムに通ったり、定期的に検診を受けたりするには、それを可能にする収入が必要です。そのため、地方と大都市の健康格差をなくすためには、学歴や収入の格差をなくし、健康へのリテラシーを高めるための、マクロの政策が必要だと久野さんは考えています。

 今回のコロナウイルスのパンデミック状況下では、人を分断するような場面も多く見られます。これもやはり、行政やマスコミも含めてコロナウイルスに対するリテラシーレベルが低いからだと、久野さんは指摘します。もう一つ、久野さんがこのコロナ状況下で心配しているのが、認知機能が低下する高齢者の割合が増えていることです。

「5月に見附市で調査したときには高齢者の認知機能の低下が10%だったのですが、7月末に関西のある場所で調査したところ、28%でした。ウイズコロナの状況があと半年か1年続くと、認知症を発症する人が増えるのではないかと懸念しています。認知機能の低下で留まっていれば良いのですが、認知症を発症してしまうと治りません」

 家に閉じこもった生活を続けていると会話が減る、会話が減ると鬱になる。鬱になると社会性が低下して、ますます外に出なくなるという悪循環に陥ります。久野さんによれば、コロナに関係なく、家に閉じこもって社会との関わりが減ると、すぐに認知症から要介護状態に移行するということが、今までのデータから明らかだそうです。ここでもやはり、社会生活と感染予防のバランスをとるための、ヘルスリテラシーの向上が重要だと久野さんは指摘します。

 久野さんは認知機能低下を防ぐため、認知症研究で著名な千葉大学予防医学センター教授の近藤克則さんと認知症予防に関する研究プロジェクトをスタートしました。また、柏の葉にある産業技術総合研究所 柏センターと、AI関連のプロジェクトにも着手しているそうです。

 TWRは2014年にオフィスを柏の葉に移転しました。その理由を久野さんは交通の便、自然に恵まれた環境だと教えてくれます。

「柏の葉はつくばエクスプレス沿線で東京にも出やすく、筑波大学にも通いやすい場所にあります。それから、私たちはクリエーティブな仕事をしているので、発想が煮詰まったら森の中を歩いたりできる環境が必要です。今のオフィスは駅からも近く、自然があり、インキュベーション機能も用意されているので、気に入っています」

 TWRは全国区で活動しているため、「柏の葉にオフィスを置いているからこの地域の研究機関や企業と組む、という発想はない」と久野さんは断言します。しかし、プロジェクトベースで一緒に組むことになれば、自然にこの地域での交流も深まっていくだろうと期待しています。

※こちらのインタビューは柏の葉イノベーションフェス2020の記事を一部改編して掲載しているものになります。

 

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