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TOPICS【藤田誠先生「朝日賞」受賞記念インタビュー】「私たちの成果は、『自己組織化というメカニズムを使って構造体をつくる』という新しい概念を世界中に広げることが出来たという点です」

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  • FS CREATION

このたび、「三井リンクラボ柏の葉」の共創パートナーである「FSクリエイション」の藤田誠 東京大学卓越教授が「朝日賞」を受賞され、元旦の朝日新聞で発表されました。
朝日賞は、学術、芸術などの分野で傑出した業績をあげ、わが国の文化、社会の発展、向上に多大の貢献をされた個人または団体に贈られる賞で、昭和4年に創設された歴史ある賞です。
1月27日の授賞式を前にお話を伺うことが出来ましたので、急遽お届けいたします!

ーこのたびは「朝日賞」受賞、おめでとうございます!受賞の記事に「自己組織化によるナノ空間物質の創出とその応用」に対して、とありましたが、具体的には「結晶スポンジ法」の成果を評価されて、ということなのでしょうか。

いえ、結晶スポンジ法は、例えるなら「ヒット曲」のようなものなんです。研究活動を音楽に例えるのはおかしいと感じられるかもしれませんが、ゼロからの創作活動という意味では研究者もアーティストも同じだと思います。
研究者はヒット曲ではなく名曲を作りたいんです。すぐに多くの人に分かっていただけなくても、時間をかけて世の中に浸透していって、やがて無くてはならないものになる、そういう研究をしていかなくてはいけないと思っています。今回の受賞は、「結晶スポンジ法」というヒット曲が出来るに至るベースの部分、20年、30年の積み重ねをご評価いただきました。

最初は「それは化学ではない」と言われました。実績を重ね、徐々にコアの化学として市民権を得てきたのです。

―そのベースの部分、先生が長年研究されてきた「分子の自己組織化のメカニズムによる分子構造解析」につきまして、そもそも自己組織化によってできる格子状の構造物の中に化合物を入れ込むと構造解析が可能になる、という発想に至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

「自己組織化」とは、どんなものでも一定数集まると自然に秩序が生まれてくる、という現象のことで、これは宇宙、経済、社会、思想、物質、あらゆるものに共通します。私たちも普段、あるグループ内の人間関係が収まるところに収まって秩序立っていく、というような経験をしますよね。そういうことが原子・分子の世界でも起こるのです。

ただ、これは、化学の世界では私が研究を始めた30年前にはなかった考え方でした。たとえば生物・バイオの世界では、たんぱく質のフォールディングやDNA二重らせんなどで、こういう現象があることに気付いてはいました。しかし、これでものづくりが出来る、ということに一部の化学者が気付いたのは、私が研究を始めたころで、私たちはある意味その先陣を切ったと言えると思います。

自己組織化は、構成要素が弱く引き合うことで起こります。この「弱さ」がちょうどいいこと、強すぎず弱すぎないことがとても大切です。人間関係と一緒ですね。私はある時期に、金属イオンと有機化合物が引き合う力が「ちょうどいい」ことを見つけたのです。

―30年前のその「発見」が大きな瞬間だったんですね。

ただ当時は、「面白いことしてるね」とは言われましたが、「それ化学なの?」とも言われたんです。「化けてないじゃない」と。分子の中で原子と原子の結合が切れたりくっついたりする、そういう化学結合の組み換えが化学反応であり、原子と原子の新しい線の繋がり=化学構造式を創るのが化学という学問だと。「あなたたちの研究は『広い意味での化学』ですね」と言われていました。

―そうなんですか…

はい。しかし粘り強く研究を重ね、最初は正方形のようなシンプルなものだったのが、だんだん複雑なものが作れるようになり、やがてそれまで作れないと思われていたものがスっと作れるようになりました。そうした実績を重ね、徐々にコアの化学として市民権を得てきた、という感じですね。

私たちがつくった構造物を使うと、普通は見ることができない溶液反応を見ることが出来る。これはエキサイティングでした。

―そこから「結晶スポンジ法」が生まれてくるわけですが、自己組織化によって作られる物質はどの程度の強度で、どれくらい扱いやすいものなのでしょうか。

いったん組みあがったものはとても安定しており、普通の1つの分子として扱えます。1つひとつの結合は弱いんですが、例えばジグソーパズルをすべて組み立てると持ち上げても崩れないですよね、ちょうどそのような感じです。お互いがお互いを支えあうので安定するのです。溶かしたり熱を加えたりしてもすぐにバラバラになることはありません。

―なるほど。その安定した物質に化合物を入れることで結晶構造解析が出来るようになったというわけですね。

そうです。私たちと同じような研究を同時期にはじめた研究者は何人かいて、彼らがつくったものは見た目はすごいのですが、それがいったい何に使えるのか、どんな機能が生まれるのか、というと何も生まれてこなかった。一方、私たちは鳥かごのような空間のある物質をつくることが出来たのです。ですので、この中で鳥を飼うことができる。この空間に閉じ込められた物質の性質がガラリと変わるとか、反応性が変わるといった様々な現象が見えてきたのです。

最初に作っていたのは「閉じた」構造のものだったのですが、やがて2次元的にシート状に広がるとかひとつのパーツが3方向に分岐して3次元的に広がるとか、構造を収束させないで発散させた物質がつくれるようになりました。そうして出来たものの1つが、今「結晶スポンジ」と呼んでいる穴だらけの3次元構造の物質です。これがスポンジのような機能を発揮し、内部空間にさまざまな分子が取り込まれるということがわかったのです。実際のサイズはグラニュー糖の粒1つのような小さなものです。そこに穴が開いているということは肉眼はもちろん電子顕微鏡でも見えないんですが、実はそこに分子サイズの穴が開いていて、ここに物質が吸い込まれる。これに強いX線を細いビームで当てると、ある法則性をもって散らばります。これをコンピューターを使って解析すると吸い込まれた分子の構造が見えるのです。

最初はとてもマニアックな実験をしていました。スポンジの中に化学物質を吸い込ませて、さらに試薬を入れ化学反応を起こして構造が変化する様子をX線で見ると、反応の様子をモニタリング出来る。それまでは間接的にスペクトル情報の変化などでモニタリングしていた反応を、私たちは直接見ることが出来たのです。普通は見られない溶液反応を、リアルタイムで見ることが出来る。「化学反応の可視化」。これを10年くらいやっていました。

―リアルタイムで化学反応を見ることが出来る!それはエキサイティングですね!

そう、マニアックですが、ものすごくエキサイティングです。

私たちの研究成果を応用すれば、苦労して単結晶をつくらなくても分子の構造を知ることが出来る。10年かかって、それに気付きました。

―そこから現在の「結晶スポンジ法による分子構造解析」に至る道のりを教えてください。

分子の構造解析に用いる「X線構造解析」という方法があります。結晶状態の物質にX線を照射し、得られる斑点のパターンを解析することにより、分子構造を細部まで詳細に割り出すものです。この方法には弱点があって、それは分析したい化合物を必ず結晶化させる必要があるという点です。この結晶化の作業がとても難しく、多くの化学者が大変な苦労をしてきました。例えば宇宙空間での実験として、この結晶化の実験は「定番」です。大きなコストをかけて実験をしますから、本当に細かな数値を出して「宇宙の無重力空間で結晶をつくると結晶が出来やすい」とやるわけですが、これがどの程度の意味があるかというと…ほとんど神頼み、おまじないの世界です。多くの化学者が強く望み、様々なことを試してきたから、こういう、結晶化に関する「おまじない」的な技術はたくさんあるんです。結晶化をつくることにみんな困っていた。だから「結晶化を必要としない構造解析」は世の中に強く求められていたのです。

そんな状況で、あるとき、私たちがやっていることが「構造が分からない未知の化合物を吸い込ませて構造を調べるための分析手法」になることに気付いたのです。これなら苦労して単結晶をつくる必要がない。いま言うと当たり前のことのようですが、自己組織化の研究を始めた2002年から10年経って初めてこのことに気付いたのです。

―後から見ると当たり前のことのようだが、それまで誰も気付かなかった画期的なこと。まさにイノベーションが起きた瞬間ですね。関係者は大騒ぎだったでしょうね。

それがそんなことはなく、グループの人に話しても「それで論文1つ稼ごうとしているんでしょ。ずるいこと考えましたね」というくらいの反応でした(笑)。これで論文書いてよ、とメンバーに言ってもなかなか書いてくれなかったり…(笑)。

―そうなんですね。それはやはり研究の王道は単結晶の解析だから、というようなことなんでしょうか。

iPhoneは元をたどれば携帯電話ですが、もはや携帯電話ではないですよね。iPhoneが出るまで誰もこういうものを創れなかったのは、技術的に出来なかったのではなく、発想が追い付かなかったからです。ほかの企業は「良い電話を作ろう」という頭でいたから、音声だけでなく文字、画像も送受信できる、あるいは多用途のデジタルツールに成り得るということに気付かなかったのでしょう。視点を変えるということがどれほど難しいことか、という良い例だと思います。

私たちも最初は「良い材料をつくろう」ということばかり考えていました。現象を見てはいたのですが、それが分析化学に使えるということに10年気付きませんでした。ですが、私たちの論文を読んできた世界中の化学者も10年気付かなかったわけでしょう?

そういうわけで、最初はスタッフがいやいや書いた論文でした(笑)。しかし、研究を進めていくうちに「こんなもの(化合物の構造)見えちゃっていいの?」となってきました。「これ、使えるじゃないか!」と自分たちで驚き、エキサイティングになっていきました。

ボブ・ディランが「文学作品としての音楽」を創ったように、私たちは、「金属イオンの自己組織化を使って構造体をつくる」という新しい概念を創り、広めることが出来ました。

―新しい化学の誕生ですね!

ただ最初は、この価値を認めてもらえるかどうかがとても心配だったんです。「この現象についてはすでにこの10年間、たくさんの論文がありますよ」というような反応になると困るなと。査読の厳しさでは有名なネイチャー誌に投稿したのですが、結果としては3人の査読者が全員no revision、一切修正不要でそのまま受理されました。これは圧倒的な評価と言えます。やはり世の中が求めていた技術なのだなということがわかって、嬉しかったですね。

―ついに大きな成果が生まれました。

はい。100年、200年の化学の歴史の中で、「金属イオンと有機化合物をつかって構造物を作り出す」という概念はそれまで無かったわけです。私たちは分子の世界の新しい「建築の手法」を生み出し、広げることができた。

冒頭のヒット曲の例えで言いますと、以前ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しましたよね。その評価のポイントは多くのヒット曲があるということではなく、文学表現としての詩をメロディに載せてポップ・ミュージックにする、という1つのジャンル、フォーマットをつくったところにあります。同じように、私たちの成果は「結晶スポンジ法」という曲ではなく、「金属イオンの自己組織化を使って構造体をつくる」という新しい概念を世界中に広げることが出来た点だと思っています。

これからは分子ではなく人が繋がるアーキテクチャをつくるのも面白い。この場を統合的にマネジメントして、「ここだから出来た」というまったく新しいものを生み出していきたい。

―そうした成果が認められて、藤田先生は東京大学の「卓越教授」になられ、さらに10年研究を続けられることになりました。今後の取り組みについて教えてください。

今後は佐藤先生と一緒にこの研究を磨いていくとともに、これまでの活動でつくることが出来たプラットフォームを活用し、より一層の普及に取り組んでいきたいと思います。

それから最近は、今までは分子のアーキテクチャをやってきたので、今後はそのサイズを大きくするのも面白いかなと思っています。
研究の本質は、誰も気付かなかったことに気付くこと、それが出来たときの喜びです。誰もやったことのない、もう1つ上の階層のことが何かできると良いですね。フラスコ(化学)の世界に限らずに、つまり分子ではなく、人の繋がりをつくる、というような。

この「三井リンクラボ柏の葉」において私たちの新拠点「FS CREATION」をつくったとき、最初は半分遊び心でした。しかし今、これは誰もつくったことのない画期的なものだと実感しています。競合する装置メーカー3社が同じ場所で交流し相談しながら、壁をつくらずに仕事をしている。多くの企業が企業の枠を超えて参加しています。私自身も、ここにいると今まで違う世界の方だと思っていたような方々と毎日のようにお会いできて、驚いています。

定年になったら、将棋の道場通いや登山などやりたいと思っていたこともたくさんあったのですが、さらに10年封印ですね(笑)。この場を統合的にマネジメントして、「ここだから出来た」というまったく新しいものを生み出していきたい。そんな妄想を話してもみんな鼻白んでしまうかもしれないですが、実現させればきっとついてきてくれると、これは今までの経験からもそう信じています。

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