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TOPICS【千葉大学環境健康フィールド科学センター インタビュー】 「『植物のチカラ』で人の健康や幸福の実現に貢献する。そのための教育研究活動を続けています。」

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  • 千葉大学環境健康 フィールド科学センター

駅前に広大な敷地が広がる千葉大学柏の葉キャンパス。ここには、分野横断型の教育研究機関である「環境健康フィールド科学センター」があります。
センターの目的や概要について高垣美智子センター長に、ここで行われている研究活動の事例について宮崎良文名誉教授と池井晴美特任助教に、それぞれお話をうかがいました。

ここでは、人々の健康や幸福の実現のために植物をいかに利活用できるか、という教育研究を行っています。

―まず、センター設立の経緯や目的・活動について教えてください。

高垣様:当センターは2003年に設立されました。当時は21世紀を迎えて様々な人間活動の弊害が意識され、新しい時代に向かって人々の生活をどう良くしていくか、ということに関心が高まっていた時代でした。当時千葉大学柏の葉キャンパスは園芸学部の附属農場として活動していたのですが、この活動に「人」の要素を入れていこうという機運が生まれ、のちに学長になられた古在豊樹先生がコンセプトをとりまとめられて、分野融合型の「環境健康フィールド科学センター」がつくられました。

設立以来、このセンターでは、「薬用植物・機能性植物を摂取することで健康になる」、「その植物を育てる、繁殖させる」、そして、「それらの情報を観たり感じたりすることで人々の生活が健康・快適になる」、という3つの分野で、人々の健康や幸福の実現のために植物をいかに利活用できるか、という教育研究を行ってきました。
さらに近年は「植物のチカラ」をより活かすためのプログラムとして、薬用植物・機能性植物の利活用に加え、植物セラピー、植物工場に関わる教育研究にも力を入れています。
また、教育機関として大学生・院生に技術開発トレーニングのプログラムを提供していると同時に、国際連携にも積極的に取り組み、国際共同研究、研修プログラムへの留学生の受入れも活発に行っています。

サイエンスは、人のためにあります。生きている人たちに、私たちの研究成果をお届けしたいと思い、活動しています。

―では、具体的な研究活動の最新事例について、宮崎先生、池井先生にお話を伺います。先生方がご研究されている「自然セラピー」について、その内容を教えてください。

池井様・宮崎様:「自然セラピー」とは、自然が人にもたらすリラックス効果です。花を見たり、公園や森林などで自然に触れたとき、落ち着く、癒される、と感じることがあると思いますが、そのとき、私たちの身体や脳に何が起こっているのか、そしてそれはどういうメカニズムなのか。私たちの研究室では、それを科学的に解明することを目指しています。

まず人と自然の関係についてあらためて考えてみますと、そのポイントは、私たちの身体が自然対応用にできているということです。人類は600~700万年もの間、自然環境下で暮らしてきました。それに対し、人工化を産業革命以降と設定するとわずか2~300年のことです。しかし、遺伝子は数百年くらいで変わるものではないので、人はこの時代を生きているだけでストレス状態にあると言えます。そのため、自然がもたらすリラックス効果に注目が集まっているのです。
ストレス状態にある現代人が自然由来の刺激に触れると、生理的リラックス効果と免疫機能の改善効果が生まれます。それは予防医学=病気になりにくい効果に繋がり、医療費の削減に貢献できると考えています。ただし一点ご注意いただきたい点がありまして、ここで扱っているのは「予防医学(病気にならないようにする)効果」であり、病気を治すというものではないという点です。自然の効果で病気が治る、というような科学的エビデンスのない俗説とは違いますので、その点はご留意ください。

―なるほど。研究の内容についてさらに詳しく教えてください。

池井様・宮崎様:そもそも「快適性」とは「人と環境間のリズムの同調」です。自分がいる環境と自分のリズムがシンクロナイズしていると感じると快適な感じを持つのです。たとえば音楽のライブで快適を感じるとき、それはミュージシャンと自分のリズムがシンクロしているからなのです。私たちは元々自然の一部ですので、自然に触れると「自然に」シンクロナイズする。自然の中で快適を感じる理由は、このように理解できます。

ここで「快適性」を分類・整理しますと、「受動的快適性=不快の除去」と「能動的快適性=+αの獲得」の2種類に分けられます。前者は、寒いので暖房をつけて部屋を暖める、というようなことですね。これには個人差が少ないのです。一方で、+αの快適性の方は、たとえばある香りが特定の人には快適だが別の人には不快、というように個人差が大きい。この個人差の原因や評価については従来研究が進んでおらず、データも少ない状態でした。
そこで私たちは、脳活動・自律神経活動・内分泌活動の3つの生理活動を用いて、個々人の「パーソナリティ」や「初期値の法則(人が元々持っている状態と刺激による変化の法則)」という観点から、個人差解明を試みています。

池井様・宮崎様:そして1990年代から、実際に森林の中を歩きながら測定をする実験を日本全国63か所、756名を対象に行ってきました。その結果、森林を歩いたり眺めたりすると副交感神経活動が上昇し(引用文献Ⅰ)、交感神経活動は低下し(引用文献Ⅰ)、ストレスホルモン濃度も低下する(引用文献2)ことがわかりました。森林で私たちは、確かにストレス状態が軽減するのです。また、高血圧者を対象とした森林セラピープログラムにおける血圧低下作用は、5日間継続することもわかりました(引用文献3)。
これらの自然セラピーに関する研究成果は、計量書誌学論文(https://www.mdpi.com/2227-9032/11/9/1249)によって、世界におけるトップの研究チームと評価されています。この9月にはドイツ最大発行部数の日刊紙「Süddeutsche Zeitung」にインタビュー記事が掲載されました。

Süddeutsche Zeitung
ドイツ語版:http://www.fc.chiba-u.jp/research/naturetherapy/pdf/230916_shinrin-yoku-%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%AA%9E.pdf
和訳版:http://www.fc.chiba-u.jp/research/naturetherapy/pdf/230916_shinrin-yoku-%E5%92%8C%E8%A8%B3.pdf

―世界トップクラスの研究が柏の葉で行われているというのはとても誇らしい気持ちです。最新の成果や今後の展望について教えてください。

池井様・宮崎様:先ほど「能動的快適性」には個人差があると申し上げましたが、それは意味のないバラつきではなく、「生体調整効果」だということが分かってきました。どういうことかと言いますと、例えば15分間の森林歩行における拡張期血圧の変化をみると、元々血圧の高い方は低下し、低い方は上昇するのです。人によって違うと思っていた反応は、実は「調整効果」だったというわけです(引用文献4)。同じことがバラを見た時の交感神経活動の変化(引用文献5)でも確認されました。
また、障がい者やリハビリ患者など、高ストレス者にヒノキの盆栽を眺めていただくと脳の活動が大きく鎮静化することも分かりました。興味深いことに、健常者より高ストレス者の方が大きなリラックス効果を示しました。
これらは私たちが学術論文として発表した最新の研究成果です。今後も多くのデータを蓄積していき、新しい発見に繋げていければと思います。
サイエンスは、人のためにあります。生きている人たちに私たちの研究成果をお届けしたいという思いで、これからも活動していきます。

「インクルーシヴ」であること=多様な人々が活動を通じてお互いに分かり合える空間を創っていくことが、大学にとって必要なことだと考えています。

―高垣先生、センターでは創立以来長年にわたって、柏の葉の街づくりに貢献する活動、あるいは地域の皆さんと連携・共創する活動も行っているとうかがっています。

高垣様:私たちは柏の葉キャンパス駅が出来る前からここで活動していますので、この街の変化は長年にわたり見てきました。最近は利便性も高まり、快適で活気がある街になって、とても嬉しく感じています。
食料やエネルギーの安全安心や地産地消の重要性が再認識され、一方で科学への信頼が低下している近年、これらの問題の解決を模索するためには、社会の皆様と連携した「市民科学」の発展が不可欠です。そのために私たちが柏の葉で10年くらい前から実践してきた活動に、地域と大学が学び合う場『柏の葉カレッジリンクプログラム』があります。ここでは、サスティナブルデザイン学(暮らしや地域に関わる問題を俯瞰的に捉え直す学問)をテーマに、「環境」、「健康」、「農」、「食」の視点から市民一人ひとりが暮らしを考えるプログラムを提供してきました。受講生(修了生)は、柏の葉キャンパス駅前を彩る「かし*はなプロジェクト」など様々な活動に参加し、新しいコミュニティや暮らし作りを実践されています。『カレッジリンクプログラム』は、現在では千葉大学全体で取り組む県内各所での地域連携活動に拡大しています。

また、2019年からは、『カレッジリンクプログラム』を発展させた『履修証明プログラム』を始めています。これは学長名の終了証が発行される文科省認定のプログラムです。ここでは、“多様な“農福連携=障がい者雇用などに留まらず、「すべての人がボーダーレスに植物・作物に触れることを楽しめる地域づくり」に貢献できる人を育てたいと考えています。たとえば学校に行きづらい子どもたちの居場所や、高齢者が農作業で身体を動かすことによって健康を維持するための場所なども将来的に創っていければと思っており、そういった活動を一緒に進めてくれる人を増やしていくのがこのプログラムの目的です。まだ大きな規模ではないですが、OBや受講中の方々が、作業所を立ち上げたり、高齢者施設や放課後デイサービスで活動したりと、すでに様々な活動を始めており、SNSなどで連絡を取り合っています。これからさらに柏の葉発の活動として浸透していきたいと思います。

―では、最後にメッセージをお願いします。

高垣様:私たちは、「インクルーシヴ」であること=多様な人々が気軽に植物・作物に触れることが出来る環境で、活動を通じてお互いに分かり合える空間を創っていくことが、大学にとって必要なことだと考えています。
今後、地域の企業・ビジネスパーソンの皆さまに対しては、オフィスで仕事をしていてストレスを感じるようなときに植物にちょっと触れてリラックスしていただける「ヒーリングガーデン」のような場所になれれば、という構想も出ています。将来的には、宮崎先生・池井先生の研究も踏まえて、皆さまと一緒に実証試験を重ねながら、ストレスが緩和されたり体調が良くなるような空間を創れたらいいな、と考えています。
また、市民の皆さまには、キャンパス内に『千葉大学柏の葉鍼灸院』や農産物直売所『緑楽来(みらくる)』など地域の皆さまに開かれた施設もありますし、『ノウフクマルシェ』などのイベントも開催していますので、ぜひお気軽にお越しいただければ嬉しいです。特にジャムやマーマレードは長年つくっているので、どんどん改良されて美味しくなっているんですよ。ご感想やご意見をいただければとても励みになりますので、ぜひ一度お試しください!

柏の葉の街づくりがどんどん進んでいく中、私たちのキャンパスは以前とは違って駅前の利便性の高い場所となっています。街の皆さまにここが何をやっている場所なのかを知っていただいて、サポート、応援いただくことで、ポジティブに活動していきたいと考えています。応援団をどんどん増やしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


引用文献

  1. Kobayashi H, Song C, Ikei H, et al. Front Public Health 2018, 6:278.
    https://doi.org/10.3389/fpubh.2018.00278
  2. Kobayashi H, Song C, Ikei H, et al. Int J Environ Res Public Health 2017, 14(8):931.
    https://doi.org/10.3390/ijerph14080931
  3. Song C, Ikei H, Miyazaki Y. Urban For Urban Gree 2017, 27:246-252.
    https://doi.org/10.1016/j.ufug.2017.08.015
  4. Song C, Ikei H, Miyazaki Y. Int J Environ Res Public Health 2015, 12(4):4247-55.
    https://doi.org/10.3390/ijerph120404247
  5. Ikei H, Song C, Miyazaki Y. Front Psychol 2023, 14:1159458.
    https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1159458

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