【FS CREATION 佐藤 宗太特任教授インタビュー】「今まで誰も考えもしなかったところで、まったく新しいサイエンスを見つけていきたい。ここならそれが出来ると信じています。」
TOPICS【共創事例】 株式会社ダイセル×東京大学 @FS CREATION ~次世代の結晶スポンジ開発に成功
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- 三井リンクラボ柏の葉1
- FS CREATION

「三井リンクラボ柏の葉1」の中心的存在である「FS CREATION」は、東京大学藤田誠卓越教授・佐藤宗太特任教授を中心とするアカデミアグループと国内3大分析装置メーカーや製薬・食品会社など民間企業による、ライフサイエンス研究における世界唯一の統合的な分子構造解析のためのオープンイノベーション拠点です。
この拠点で進めてきた株式会社ダイセルと佐藤先生の共同研究が、このたび次世代の結晶スポンジ開発に成功。昨年秋に学会で発表され、大きな話題となっています。
この研究の内容や成果、期待される活用法などについて、株式会社ダイセルの権藤圭祐様と佐藤宗太特任教授にお話を伺いました。聞き手は「三井リンクラボ柏の葉」のサイエンス・コンシェルジュ、野村俊之です。
化学100年の難問を解決した「結晶スポンジ法」。ダイセル×東京大学が、新しい結晶スポンジとそれを活用したシームレスな分析技術を確立することに成功。
ー佐藤先生、まずあらためて「結晶スポンジ法」について概略を教えてください。
佐藤様:「結晶スポンジ法」は、分子の構造を解析する画期的な手法です。分子はとても小さく、直接見ることができないので、光や電場、磁場を使って得られるデータを見てその「姿」を間接的に割り出す必要があります。この方法として最も信頼できる手法の1つがX線結晶構造解析ですが、この方法では化合物をまず結晶化させなければなりません。ですが、この結晶化が非常に難しいのです。これを解決したのが、「結晶スポンジ法」です。
構造を解析したい化合物の溶液に、スポンジのような多孔質の結晶=「結晶スポンジ」を浸すと、化合物が内部の空間に吸収され、一定の配置に並びます。これをX線結晶解析すれば、目的化合物の構造がきれいに解明できるのです。結晶スポンジ法より、分子構造解析において「結晶化」という工程を不要にしました。これは、「化学100年の難問を解決した」と言われるほど画期的なことなんです。
ーでは権藤さん、今回開発に成功された「次世代の結晶スポンジ」とは、どのようなものなのでしょうか。
権藤様:結晶スポンジ法の対象分子の範囲を拡大するための新しい結晶スポンジの開発は、重要な研究課題のひとつです。私はこの数年FS CREATIONに常駐して、技術獲得するとともに、メンバーの皆さんと意見交換などをしながら、発展的な研究に取り組んできました。
その中で今回、細孔内の環境が親水的で、かつ物理的・化学的に安定な耐溶剤性・耐真空性のある新しい結晶スポンジを見出しました。また、この新しい結晶スポンジに分離技術を組み合わせて、シームレスな分析技術を確立することに成功しました。
―分離技術とは、混ざりもののある試料をうまく分離して結晶スポンジにスッと入っていけるようにする技術、というような意味合いですか?
権藤様:その通りです。分離技術自体はすでに確立されていて、分子量の小さい有機分子において多成分の混ざりものをキレイに分割できる「ガスクロマトグラフィー分取装置」というものがあります。ただ、これまではこの装置で分離したものを一回処理した後に結晶スポンジに入れて構造解析をする必要があり、その手順が結構大変だったのです。今回の新しい結晶スポンジとそれを活用した分析手法においては、この作業をシームレスに行うことができます。分取したものをそのまま結晶スポンジに入れることができる。今までの煩雑な操作を無くすことが出来ます。
―一種の自動化と考えて良いのでしょうか?
佐藤様:工程の省略ですね。分離した後に色々な操作をする必要がなくなりました。それによって貴重な試料をロスすることも無くなりますし、コンタミネーションが起こるリスクも減らせる。「あれ?どこか行っちゃった」みたいなことも減らせます。
権藤様:分取したものは揮発性が高く、飛んじゃうことがあるんですよね。
佐藤様:今回の新手法により、そういうことが無くなる。実用的な価値がとても高いものだと考えています。
分子構造解析のスピードを劇的に早め、研究開発の時間・コストを大幅に削減可能。「サイエンスが出来ること」を拡張する新しいツールを手に入れました。
―昨年11月の学会発表の反響はいかがですか。
権藤様:とても大きなものでした。製薬や農薬などをはじめとする様々な企業から、「構造解析で困っていることがあるので、ぜひ共同で研究していただけませんか」というような連絡が来ています。
みなさん、構造解析にかなり時間がかかっているそうなんです。通常は、構造が分からない化合物に対し、実際につくってみて合っているかどうか確認し、違っていたらまた作り直す、というプロセスを繰り返して行う必要があるのでどうしても時間がかかるんですね。一方、結晶スポンジ法で構造が分かってしまえば、そうした繰り返しのプロセスが必要なくなります。たとえば従来は半年かかっていた構造解析が、結晶スポンジを使えば3日で終わる、ということがあり得るんです。それでとても注目されています。
―技術の進化や社会の変化のスピードが速く、VUCAと言われる現代において、研究期間の短縮はビジネス上とても大きな価値ですね。
権藤様:当社の実際の経験でお話をすると、とある量産品の化成品において原因物質のわからない品質トラブルがありました。様々な方法で原因を調べていたのですが、この問題が実に7年間解決できなかったんです。ところが今回、新たな結晶スポンジ法により、原因物質の特定が3日で出来ました。
たとえばプラントを止めて原因究明をしなければならない、量産品の製造を中止しなければならない状況であれば、数千万~数億円という単位のロスになる可能性もあるわけで、これはとても大きな違いです。結晶スポンジ法が今後どんどんスタンダードな技術になっていくだろうという実感、手ごたえを感じています。
―なるほど。今回の成果が具体的にどのような社会的価値を生むのかという点については、ニュースリリースには「従来の結晶スポンジに比べ、細孔内に取り込める有機化合物の範囲が大幅に拡大し、創薬を始め、さまざまな分野への適用が期待でき、社会実装に向けて大きく前進した」「微量で揮発性が高いために解析が難しかった臭気成分や環境物質の構造解析も可能」とあります。ここに関して、より具体的なイメージを教えてください。
権藤様:たとえば弊社は木材、バイオマスやセルロース関連の製品開発をしています。その領域で言うと、木材中の未知の成分が分かれば、その成分を活用した新たな製品を開発することにより、限られた資源をより有効に活用することが出来ます。
あるいは、弊社はサプリメントの開発もしているのですが、果物や木などに含まれる「量が少なくて今まで見つからなかった成分」を構造解析で決定することで、新たなサプリメントや機能性材料を開発することも出来るかもしれません。
佐藤様:構造を決めるのは大変なので、検出は出来てもそれが何だかわからない、というものがまだまだたくさんあるんです。たとえば「メタボロミクス」という、生命活動によって生じる代謝物を網羅的に解析することで生命現象を明らかにしようとする研究分野があります。分子構造解析はこの研究にもよく使われるのですが、人体の物質を機械にかけるとたくさん出てくるピーク成分の8割が何だか分からない、というのが現状です。その物質が何か分からなければ、代謝や病気などのメカニズムも分からないわけなので、まず分子の構造を決めることはとても重要です。
大量生産の化成品から人体まで、分子の構造が分かるか分からないかで、サイエンスが対処出来るか出来ないか、が違ってきます。サイエンスが対処出来なければ、手探りで暗中模索、試行錯誤するしかないわけです。もちろん今回の成果が全てを解決するわけではなく、構造決定できる分子のジャンルが少し広がったに過ぎません。ですが、ほんの少し広がるだけでその分野には大きなインパクトが生まれます。もちろん今までの方法が有効な分野もあります。使い分けによって、サイエンスが出来ることを拡げられます。
ですので、サイエンスの新しいツールが手に入った、というふうにご理解いただけると良いのかなと思います。「新しいツールつくればいいじゃん」みたいなことをみんな簡単に言うのですが、なかなか出来ることではないんですよ(笑)。なので、これは大きな成果だと思っています。
FS CREATIONの環境と取り組みにより、アカデミア×企業のオープンイノベーションを実現。
―今回の共同研究が、こうした成果を出すに至った成功の要因はどこにあるとお考えでしょうか。
権藤様:まず、FS CREATIONの機材面での環境がとても良いんです。国内3大分析装置メーカーが参加していて、普通はなかなか使えない機材が多く揃っている。そしてもう1つ、オープンイノベーション拠点としての人的な交流です。企業の研究者やアカデミアの先生方、実験をしている学生さんたちと、思い立った時すぐに相談が出来る。この点では、常駐というかたちをとっていたことがとても大きいですね。あらたまった打合せではなく、普段のちょっとした会話でアドバイスやヒントをもらえることがあるんです。実際、今回の成果である、新しい結晶スポンジと分離技術を繋ぐところは、佐藤先生のアドバイスがあって達成できたものです。「こういう新しい結晶スポンジが出来ました」と佐藤先生にお話したら、「これでこういうことは出来ないの?」と言っていただいて。私はまったく頭になかったのですが、やってみたら、なるほど!と。
―会社の機密を守りながら複数の企業やアカデミアとコミュニケーションをしていくのは難しくはないのでしょうか。
権藤様:研究の具体的な内容や目的については共有しなくても、ある点について「こういうことに困ってるんだよね」というような話をすることは可能ですし、それで充分に有効ですね。守秘義務は常に気にかけていますが、それでも参考になるディスカッションは出来るというのが実感です。
佐藤様:競争領域と非競争領域、という考え方があります。競争領域では各社がそれぞれ内緒で研究しますが、構造解析は汎用的な、ユビキタスな技術ですので、ここについては非競争領域として課題を共有しながらオープンに、各社それぞれの立場から議論することが出来るんです。
―ところで、企業の研究ですから、一定の期限内に成果が出なければ終了、ということはあるわけですよね?
権藤様:通常はもちろんそうですが、FS CREATIONでの共同研究については「ダイセル社と東京大学でこういう協働をしていきましょう」という全体の取り決めがあり、個別の1つひとつの共同研究については細かな期限を定めずに進めています。期限に追われることなく腰を据えて研究できるのも、大きなメリットです。
佐藤様:会社の課題や関心領域も日々変わりますので、個別課題で細かな契約を結ぶのではなく、大きな枠組みの中で話し合いながら、その時点で一番面白いこと、今やりたいことを進めていけるようなスキームにしています。
権藤様:この自由度がオープンイノベーションには必要だということを、この2年常駐してきた中で実感しています。課題やテーマを見つけるところから協働できることが重要ですね。
佐藤様:一方で、私自身ダイセルさんの網干の研究所に何度も行って、権藤さんの上司の方や部門の皆さまと、いま何を研究するのが面白いのかディスカッションを重ねてきました。こちらから現場に出て行って多くの方と直接コミュニケーションすることで、その企業全体の課題や温度感を肌で感じることが大切だと思っています。
―なるほど。施設・設備だけではなく日々の活動・動き方も含め、オープンイノベーションのノウハウが蓄積されていっているのだと理解しました。
では最後に佐藤先生、今後の活動についての想いをお聞かせください。
佐藤様:これまでの経験や成果を活かして、今後も「本気の産学連携」をしていきたいと思っています。柏の葉では「街」という単位でオープンイノベーションに取り組んでいますが、専門家同士の1on1ではなく多様な人々を巻き込んでいく方法論をここで知りましたし、その有効性を実感しました。今後もそういう方向性での研究活動をしていきたいと思っています。
[今回の共同研究の公式リリースはこちらです]
https://www.daicel.com/news/2024/20241106_1019.html
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